藤秋会本部TOP  藤秋会日本一賞歴  藤秋会海外公演  藤秋会家元とは?  訓音所属IWAKI  藤秋会公演実績  全国藤秋会MAP
★津軽三味線★加藤流三絃道「訓音会」公式ブログ
先日、私の住む東海地方の新聞・中日新聞に、秋田民謡全国大会 三味線の部での優勝をとりあげて頂きました。

とりあげて頂いた朝から、お電話やメールなど、たくさんのお言葉やメッセージを頂き、感謝ばかりです。

考えてみれば、以前にもテレビやラジオ、新聞・雑誌に取り上げて頂くことはありましたが、それは私自身をとりあげて頂いただけで、私が何かを成した「事実」ではなかったので、

こうして、「事実」として伝えて頂けることの重みをかみしめています。

久しぶりの方も覚えていて下さり、皆様が我が事のように喜んでくださること、改めてこんなに思って頂けることの「有り難さ」をひしひしと感じ、

そしてそのように皆様に認知して頂いたからには、ますますそれに恥じない芸と人間であらねばと気持ちを引き締めました。

子どもの頃から私を見知っている、近所の皆様も、ものすごく喜んで下さり、「にっこり笑っているお母さんが見えるよ、喜んでいるよ!」とおっしゃって下さいました。

仏壇にも、新聞をあげて見てもらっています。
「親は無くとも親孝行はできる」と、ある心友が教えてくれましたが、少しは親孝行できたかな?と問いかけています。

小さい頃から、私のことを「宝物」と言って育ててくれた母に、かわいがってくれた父に姉に、何もしてあげられなかった自分がいますが、その分三味線を通して少しでも世の中のお役に立って、ご恩返しをしていきたいと思っています。

そして、こうして皆様からお言葉を頂けるのも、9回目の挑戦に消極的だった私を、諦めるなと諭して下さった師匠のお言葉とご指導が、あってのこと。

8回目の挑戦後から一層悩む私を、私のところまでおりてきて下さりご自身の語りたくないことまで語って下さって、ずっと励まし続けて下さった師匠に、ご恩返しできますように、

いや、これまでのご恩は大き過ぎて、なかなかお返しするには至らないかもしれませんが…精進したいと思います。

最後になりましたが、今回の掲載にあたり、秋田民謡全国大会・事務局様には、お忙しい中資料提供や取材に対し、多大なご協力とあたたかいお気持ちを頂きましたこと、心から御礼申し上げます。本当に有難うございました。
関連記事
さて、いよいよ持っていましたこの時。この日は翌日の朝の便にさえ間に合えば、飲んでよし(笑)。

金木にいる頃から、リサーチして、宿の近くのお店へ。トロ!ホタテ!牛!

地元の食材、バンザイ!!と思ったら、「(一部)北海道から取り寄せております」あれ…?いや、でも青森だから北海道の食材も新鮮なまま頂ける訳で…!(汗)

お店の方も本当に親切で、(私も学習し一人でも十分楽しめるようになにかと調節をしましたが)青森よいとこ。

そして、やはり宿に戻ってからの楽しみはこれです。しかし、精一杯青森を満喫した為に、疲れ果てていたようで、すぐにおやすみなさい、でした。

初めての一人旅。最初はなにかと不安で段取りも大変でしたが、慣れてくると、一人ならではの自分のペースでの楽しみ方ができました。

そして、いつも芸では馴染んだ土地を実際に感じたり、素晴らしい風景に出会って感動すると、先にいった家族たちに話しかけ、同時に家族を感じられるような気も。

よい芸をたくさん見聞きし、地元の方とたくさんお話をして、青森の言葉や風土、文化に直に触れ、すごく親しみがわきました。もっともっと津軽を感じ、よい津軽三味線が弾けますように!
関連記事
さあ、急いで!金木周辺には行きたい所が目白押し。

まずは、桜まつり真っ最中の芦野公園へ行って、津軽三味線発祥の地の碑などを確認。
芦野公園駅からの津軽鉄道の風情は最高。 そして、仁太坊生誕150周年記念碑へ。碑の裏に記された仁太坊の一生に胸が熱くなる。 そして、神原の渡しにて、仁太坊の里の碑。

三味線の碑は、賽の河原近く、仁太坊が最初に埋葬された所にありますが、賽の河原まで行きながら、見落としてしまいました…。

そして、津軽鉄道にはどうしても乗りたい!でも時間の都合で、隣の金木駅までの往復・ちょい乗りプランを選択。バスのように運賃を入れて乗車、運転士さんとお話もでき、車内には、本棚。 そういえば、ちょうど太宰治生誕110周年でした。 はい、金木!向かいのホームへゴー!! 無事戻れてほっ、有難う、津軽鉄道。夜桜を後にして、宿のある青森市へひた走る。今日こそは飲みますよ(笑)。つづく
関連記事
さて、慌てて大会会場に戻って、A級の決勝トーナメントを観戦。

この大会は、予選トーナメントから、五大民謡の書かれた札をひいて、課題曲を競う勝ち抜き戦。その場で、審査員の方が赤か白かで票を入れて勝敗を決めていく。

どんどん選手が勝ち上がっていく度に、次の課題曲を決めるのだが、準決勝の課題曲を決める札をひきたい人!と司会者さんがおっしゃった折に、ハイ!と手をあげた私。

では、そちらの方!と権利を頂き、残りの二枚からひいた札は、津軽あいや節。自動的に決勝戦は津軽よされ節に決定。決勝戦は、よされがいいな、と思っていたので、内心やったーと。

決勝戦の結果がこちら。右が菅野さんで、仁太坊賞に決定!!

そして、仁太坊賞に輝いた方は、再演として、好きな曲をもう一度披露する。それって、シード権がない方は、計6回弾き続けるということ。しかも疲労が蓄積する後になればなるほど、一曲ずつの間隔が短くなる。

途中で敗れた方は、全曲お稽古しておいても一曲しか弾けずに帰らなければならない。どちらもある意味ハードだが、こんなに勉強になることはないだろう。

しかし、このトーナメントの面白い?ところは、自分はこちらと思ったり、客席のウケはこちらと思われても、審査員の票はそうはいかないところ。

どこがポイントなのかと言えば、やはり総合力なのかなと思ってみたり。例えば、明らかにツボを外していても、ねじめよく音のバリエーションが豊富で、曲の流れが独創的かつ津軽の匂いがすれば、外さなくても、音の出し方が単調で、流れに特徴が見えない演奏よりは、票が入ったりするように思う。

また音の出方は派手で流れも超独創的でも、あまりオレオレしているよりは、ある意味奥ゆかしいというかノーブルな音色で、味わい深い流れの方が好まれるように思った。

以上は、あくまで私見です!!

何しろ津軽三味線を通して、見も知らぬ方同士、生まれ育った場所も、年齢も、性別も、職業も、何もかも違うのに、子どものように仲良くなれる、勿論地元の方とも。

そんな場所が津軽三味線大会でもあることを改めて感じた今回の旅。

いやいや!まだ回っていない所が残っているのです、日が暮れますよ…

つづく
関連記事
いよいよ青森4日目。弘前城をうっかり歩き回った疲れも出るかと思いきや、前夜の馬肉、しいたけ、アスパラが、最強だったらしく、とても元気!

この日は、五所川原市の金木で行われた津軽三味線大会へ。こちらは、4日・5日の二日間。いわゆる公民館で、こじんまりしていますが、控室の対応やスタッフさんの連携・呼び出し、勝ち抜き戦でのステージ電光表示やスクリーンに即座に反映されるシステムなど、ポイントを押さえていて快適。

無料で、地元の方々が聴きにいらして、あ、外したな…とかつぶやかれながら、飲食もしながらの観覧は、津軽三味線が生まれてきた過程での客席を見るようで、さすが仁太坊生誕の地、地元との一体感があります。

さあ、この日が決戦?の日。一番見たいポイントが目白押し、大会を行き来しながら、ずいぶん頑張りました。

写真の日差しが変化していく中で、時間の経過を感じながら、ご覧ください(笑)。〈十三湖・名だたる民謡人の名も連なっていました十三の砂山の碑〉 〈しじみラーメンは外せません〉

そして、前後しましたが、仁太坊が眠る秋元家本家の墓のある妙乗寺さんへ、お墓まいり。

津軽三味線会館で、以前仁太坊賞を受けられた堀尾泰麿さんの演奏も堪能させて頂き、踊りの手土産も楽しく過ごさせて頂いた後は、

5年前からまた内容がリニューアルされていた?資料もまた興味深く、先人の素晴らしさを肌で感じながら、また自らの三味線に思いをはせました。

つづく
関連記事
さて、青森3日目。弘前市で行われた津軽三味線大会へ。

こちらも3日・4日の二日間に渡り行われた大会ですが、青森の大会と、日程と部門が一部重なっている為、前日の青森大会から弘前へ急いで移動して出場した方もあったよう。こちらはシンプルに、演奏が終わると普通にはけて、結果は、ある程度時間を待って貼り出されるシステム。しかし!再入場に際しては新たな手法が取り入れられていました。この手、何も見えませんが、特殊なライトを当てるとおされたスタンプが光って、半券がなくとも再入場が容易にできる!おおー。そして、スタッフの皆さんの歓迎のお言葉が嬉しい。

弘前城では、桜まつり開催中!そりゃ行きますとも。ソメイヨシノは葉桜でも、他の種類がまだまだ美しかった。〈弘前城からの岩木山〉
獅子舞の皆さんが、観光に来ていた子どもさんに太鼓を打たせ、即興で笛や鉦を合わせていました。美しい陽気の中、家族と人と芸能の交流に心を洗われました。

さて、大会は!藤秋会から出場していた栄正くんが初挑戦で入賞!!立派です。

いよいよ弘前の夜は、「杏」さんへ。多田あつしさんの素晴らしい三味線とお弟子さん方のしっかりとした技術に裏打ちされた素晴らしい合奏。生音で聴けて、間近にお話もできるのが楽しいお店でした。〈お料理も最高!旬の地元食材は、感動もの〉〈記念写真タイムもありました!〉

宿の青森市までは、高速を使って約1時間。お酒はお預けで、4日目を待つ(笑)。
関連記事
青森2日目。青森市で開かれた津軽三味線大会へ。

3日、4日の二日間に渡り行われたこの大会。7人の審査員の先生方の最高点最低点を除いた合計点が、後ろのスクリーンに即座に表示され、下手の3位までの座席に座る方が、どんどん入れ替わっていくシステム。

点数が表示されるまでの間は、司会のけんずろうさんが演奏者へインタビュー、愛のあるお話ぶりに、演奏者を大切にしているけんずろうさんと大会の姿勢が垣間見えます。

控室や会場の案内スタッフの指示や連携、服装もしっかりしているし、何より自分の点数や順位が全て明らかにされるのは勉強になってよいと思いました。

そして審査員の先生方は、皆さん三味線奏者であったり民謡歌手であったりして、総評の一言一言が具体的で重みがあり、こちらもとても勉強になりました。

さて、夜は昨日聞き逃した「りんご箱」さんの演奏へ。

工藤兼一さんの素晴らしい!唄声、遠藤さんの素晴らしい!三味線、学生さんながら素晴らしい!手踊りの数々…30分ほどのステージでしたが、津軽のエッセンスが凝縮されていて、よかった!

昨日の店員さんが気づいてくれ、また相談に乗って頂いて、この日は海鮮どんぶりとしじみ汁です。なにせ隣が市場なので、海鮮の素晴らしさにも悶絶。やはり食いしん坊は、これがなくちゃ(笑)。
関連記事
今年の目標は、何かと新たな世界へ踏み出して新たな自分を得ること。

ふと、連休中に一人旅をしてみよう、そうだ、ゴールデンウィークと言えば、青森!!と思い立ちました。

津軽三味線大会もやっているし、桜もよし?、津軽三味線ゆかりの地を訪ねたり、自分を見つめ直したりしてみようと。そんな訳で、はい!行ってきました、5年ぶりの青森です。

1日目は、夜に青森市へ到着。「りんご箱」さんへ行くも、演奏はもう既に終了しておりましたので、親切なお店の女性にいろいろ相談して、地元のお料理をチョイス!〈立派な舞台!〉〈ホタテに味噌と卵を合わせたもの、けの汁と〉

そして、気がついたこと…一人旅は、量に注意(汗)。いろんなものを食べたいが、一人では思いのほか早く限界が訪れる…気をつけようと誓った1日目でした(笑)。
関連記事
横浜では、横浜パシフィコ国立ホールという素晴らしいホールで演奏の機会を頂きました。プレゼンターは俳優の渡辺裕之さん、メインゲストは石井竜也さん、というイベントのオープニング演奏で、

「和楽」という女性邦楽ユニットの一員として、ライトパフォーマンス集団「雷光炎舞かぐづち」さんとコラボレーションさせて頂きました。箏曲演奏家の平野春海さんとは、お着物を合わさせて頂き、半衿まで!何もかも貴重な経験をさせて頂き、感激のステージでした。

翌日は、ホテルナゴヤキャッスルで行われた某団体・500名様のパーティーにて、民謡バンドこまちで演奏させて頂きました。

大規模なパーティーとあって、音響スタッフさんにも、コンパニオンさんにも、お客様にも、知り合いの皆様が!心強いステージのはずだったのですが、民謡歌手しずこさんへのきっかけだしをとばした私…。〈ほんとにほんとにすみません!!の図〉

しかし、さすがのしずこさんは事なきを得、演奏自体は、喜んで頂けたご様子で何よりでした(汗)。

振り返れば、本当に幸せな演奏活動をさせて頂いた平成の代。師匠へ、お弟子さんへ、仲間へ、そしてお客様へ!感謝を忘れず、更なる精進を令和の代にも誓います。
関連記事
平成最後の月・4月は盛りだくさんでした。

母がお世話になっていた施設様の関係で、地元の施設様に慰問演奏へ。こちらの施設様では、素晴らしいカラオケ・音響設備、立派なステージ付きのレクリエーション室、そしてレクリエーション専任担当がいらっしゃり、

これからの施設様のあるべき姿を模索・追究していらっしゃるご様子に感心しきり。その上、嬉しい飾り付けでお迎え下さり、感謝ばかりです。

続いて、名古屋国際ホテルでは、美術展のオープニングパーティーでの演奏。あ、衣装は同じに見えますが、こちらは振袖です(汗)。和太鼓には石原奈緒美さんに共演頂きました。一番気を遣ったのは、隣の会場への音漏れ防止のため、開始5分間はMCのみですすめるという事でしたが、何とか無事こなし演奏に集中することができ、ホッ。

あたたかいお客様と、楽しく過ごさせて頂きました!大変有難うございました。つづく
関連記事
津軽三味線 訓音会 磐田教室のお稽古後に、教室の皆さんが第10回秋田民謡全国大会 三味線の部 優勝を祝って食事会を開いて下さいました。

名古屋から、音風さんも駆けつけて下さいましたが、皆さん連休のお忙しい中、また体調などの状況もある中、時間をさいてお祝いして下さって、こんなに嬉しいことはないと思っていましたのに、私のことをよくよく考えて選んでくださった心のこもった、素敵なお祝いの品の数々まで頂戴してしまいました。

また、お仕事で出席できないという方からは、かわいい!お花束まで届きましたが、それまでにも他の訓音会会員の方々からも、もったいなくもお祝いのお志をたくさん頂戴してしまいました。

父は28年前、母は昨年、姉は8年前に亡くなって、私を育ててくれた家族に、この優勝を誇りに思って喜んでくれる人は少なくなりましたが、

またここに、自分のことのように・自分のこと以上に喜んで、誇りに思って下さる方々があることが、こんなに「有難い」喜びと奇跡であることを、この優勝が改めて教えてくれました。

そこにいたる過程がとても長く、またその過程の意味がとても大きかったことに比べて、優勝という結果自体は驚くほど唐突で、自分の中の感情的な衝撃はある意味あっけないほどに感じてしまうのですが、

その結果が教えてくれた、師匠の言葉の一つ一つに始まって、私とつながって下さるお一方お一方の、私にむけて頂いているお気持ちの尊さが、

もっとそのお気持ちに応える人間でありたいと、私を鼓舞し、勇気付けてくれます。

そして、訓音会の皆さんを介してお世話になっている方々も、喜んでくださっているということ、私という人間は小さいけれど、お気持ちとお気持ちがつながることの「縁」の喜びの大きさを教えてくれました。

昨年母が亡くなって、ある意味大きな喪失感・空虚感を抱えていた中一層に、これらのことを「無上」の喜びと言わずして何と言うのか…感謝を表す言葉が見つかりません。

人は、何かのために生まれるのではなくて、生まれてから何を成すのかだと、思ってきましたが、そうか、このことを教えてもらうために、生きてきたのかと思えるほどです。

私は人前で、自分の感情を表すのが苦手な人間ですが、とてもとても幸せな一夜でした、本当に有難うございました。
関連記事
秋田民謡全国大会に出場して9年目、優勝を頂くことができましたが、実は昨年の大会時に、今年は出場しないつもりでおりました。

それは、大会に出場してきた7年間で、私のようなセンスも才能もない者が無い知恵をしぼって考えうるアプローチは全て試してきて、それでも審査員の先生方に良しとされなければ、もうあとは打つ手なし、それくらいの準備をしてのぞまなければと思っていたからでした。

しかし昨年は3位で、様々なことを考慮してもう出場は見送るべきと思っておりましたが、今年の申込期限も近づいた頃、師匠に相談させて頂くと、ご自身のことなどもお話し下さり出場をすべきとのことで、悩んだ末に出場することを決めました。

今年のアプローチは、それまでの大会ではくすぶっていた点が、昨年の大会で非常に明らかになった一点。

結果、その一点はまだまだ解消されなかったように思いますが、その一点を諦めずアプローチしたことで、

そうかそういう事だったか、秋田荷方節とはこういう音楽だったか、とそれまでの8年間では見えなかった聞こえなかった音楽の片鱗が少しだけ理解できた気がしました。

おこがましいかもしれませんが、本来音楽は「誰かと」競うものではなく、音楽そのものと自分自身と向き合うものだと思っています。

大会に出場してきたのは、
その音楽の解釈や技術が正しいものか、先生方に判断して頂き自らの芸を磨くため、
誰かと競い合っているようで、競い合う中で、より音楽と自分自身と向き合うため、
そしてそうした大会に挑戦する後進の方々に伝えるため、
そのように思って挑戦を続けてきました。

今回まだ、目標とした一点の解消はできませんでしたが、自分の中で新たな秋田荷方節の世界が見えた事、そして、限界と思ったその先に自分をこえることができると体感できた事、それらが9年目にして得た、私にとっての大きな成果となりました。

そして、来年のタイトルホルダー披露演奏の折には、その一点も解消した演奏ができるように、

そしてその先も、更なる向上を目指して、精進を続けたいと思います。
関連記事
たくさんの方に支えて頂いた、第10回秋田民謡全国大会。

3月から、すぐ故障するお年頃の身体のメンテの為に、管理栄養士の勉強をしている姪に頼んで、「筋肉ごはん」(笑)をつくってもらいました。

姪は、自分も大会を控えて身体的にも精神的にも追い込まれているにも関わらず、一生懸命私のスケジュールと身体に合わせたメニューを考えてくれました。〈因みにこちらは、ある日の姪自身のごはん(笑)〉

そして、姉妹以上の従妹であり、民謡歌手である水野詩都子さんは、毎年私以上に私の事を思い、祈ってくれ励まし勇気付けてくれました。
今回は、地元・名古屋の熱田神宮の勝守を渡してくれました。人事を尽くして天命を待つ、と言いますが、このお守りを受け取ってから、ずっと三味線ケースに入れ、「人事を尽くしたら」このお守りにお願いしようと思っていました。

しかしながら、実際そんな簡単に「人事」は尽くせない、最後まで人事かと覚悟していたのですが、出番直前にはこのお守りを両手で握りしめ、お願いしていました。

そんなご利益のあるお守りを下さった詩都子さんからは、涙声のお祝いメッセージが留守電に。

そして、30年来の姉弟子・訓成さん。タイトルホルダーのお役目も昨年終わられましたが、ご自身が出場されている頃からずっと励まして下さいました。

お互いに力を尽くしつつ、お互いのよい結果を心待ちにしていました。はたから見たらおかしな関係かもしれませんが、音楽とは本来競うものではなく、本当に自分と音楽と向き合って、よい音楽を奏でた時についてくるのが結果だと。

今回も、エアーや宿泊、レンタカーの手配から、細やかな連絡のやりとりや、現場の対応、会派の方々との手合わせ、全部やるからね!と全て引き受けて下さいました。

いつも、古き良き日本の家庭の母のように、気づかないうちに(気づかないように)全て快適に段取りをしてくださっています。それがどれだけすごいことか…。

そして、会場で結果発表があった瞬間、客席で一番大きな歓声をあげて、泣いて喜んでくれました!

表彰式を終えて舞台袖に入ると、昨年のタイトルホルダー・訓平くんが、待ち構えていてくれて、優勝旗の箱詰めを手伝ってくれました。
そして入賞した京泰くんや訓樹くんも、自身のこともあるのに、皆手伝ってくれるのです。何とよい若者達でしょうか。

名古屋に戻り、指導に行きましたら、今池教室の音風さんがお祝いの花束を用意してくれていました。最初の出場の頃から応援してくださっている音風さんのお祝いの言葉に、うっかり泣きそうに。

たくさんのお祝いメールは頂いていましたが、音風さんいわく、訓音会の皆さんもとても喜んでくださっていると!
本当に皆様のおかげ様です。
関連記事
4月13日土曜日、4月14日日曜日の二日間行われた、第10回秋田民謡全国大会。

4月14日の「三味線の部・秋田荷方節」にて、優勝させて頂きました。

第二回大会から出場して9回目の出場でしたが、会派としての序列の中で結果を出せない私を、

これまで師匠はどのような思いで見守っていて下さったか、毎年奥様はどれだけのご馳走と励ましで送り出して下さったか、

兄弟子の訓栄総師範や、姉弟子の訓成総師範が、お忙しい中わざわざ時間をさき、秋田まで来て下さって、本来私がすべき会派のサポートまで何も言わず全て買って出て、毎年万全の態勢で送り出して下さったこと、〈歴代優勝者5名の内の4名様、応援有難うございました!〉

秋田本部の皆さんが、まるで当たり前のように、当日必ず早くから控え室の場所取りをして下さって、差し入れや食事の席で歓待して下さったこと、
〈たくさんの皆様からこんなに頂いてしまいました、差し入れ〉

同じ出場者の皆さんも、ご自身も三味線を弾くのに、年嵩の私を気遣って荷物の手伝いや細々とした手伝いで助けて下さったこと。

遠い地からは、

いつも応援して下さるお弟子さん方、

愛すべき友人達、

家族。

その応援の全てが、目に見えない力になることを、体験しました。

そして皆さん、「自分の事のように」喜んでくださり、その事が何よりも嬉しく、こんなに思ってくださる方のその思いがあって、私が生かされていること、改めて感謝の思いでいっぱいです。

優勝させて頂いたからには、その名に恥じぬよう、一層の精進をせねばなりません。その道はまた新たな景色でした。

師匠、師匠が諦めるなとさとして下さったあの日のお陰です。ご指導、本当に有難うございました。そして、これからも何卒宜しくお願い申し上げます。
関連記事
いつも藤秋会でお世話になっている和太鼓集団・志多らさんの公演へお邪魔致しました。

音楽はもちろんのこと、所作の一つ一つまで、タイミングもピタリと合う、素晴らしいパフォーマンス!
これまでの志多らさんの歴史に感情移入し、最後には客席も一体となる、こころあたたまる公演でした。

ゲスト出演された兄弟子・訓栄筆頭総師範のキレッキレの音色や、同じくゲスト出演された箏曲演奏家の杉浦充さんの深みのある音色で、多彩に楽しませて頂きました!

藤秋会の40周年公演のことも告知頂き、感謝ばかりです。〈石原奈緒美さんと!〉

お一人お一人の人生と、音楽が交差しながら、ムーブメントとなるさま、本当に意義深い30周年。心からおめでとうございました!!
関連記事